ごうけいほうもんしゃすう

ゲイとしてのつながり・絆

記録者:ふとし

宮城県仙台市出身・在住
生まれついてのゲイ。震災当時は30代後半。
community center ZEL代表(*1)
ボランティア・グループ「やろっこ」代表(*2)


▽この手記の用語解説について


■3月11日

名取の職場で大きな揺れに遭った。古い鉄筋コンクリートの建物は階段や天井が崩落寸前で、揺れが収まるのを待って全員、屋外の駐車場へ退避。隣のビルからは、けたたましい非常ベルの音が延々と鳴り響いていた。電話は瞬時に通じなくなり、カーラジオで津波の恐れがあるとの情報を得る。職場は、名取といっても沿岸部からは距離のある地区にあったが、川沿いに建っていたので、念のため、その場にいた人びとで即時に避難を決めた。
自分は車で仙台の自宅へと向かう。踏切は遮断機が下りっぱなしで、信号機は停電で消えていた。最も交差点を横断せずに済むルートを頭に思い描きながら進む。帰宅途中で給油しようと思っていたからガソリンはほぼ底をついていたが、幸運なことに、途中、車列のできていたガソリンスタンドを発見。レギュラーは売り切れだったがハイオク20リットルなら可能とのことで給油してもらった。停電しているのでガソリンスタンドのお兄さんが汗だくになりながら手回しでガソリンを汲み上げているのを見て、感謝の気持ちでいっぱいになった。
車の中でラジオはつけていたけれど、津波の被害情報などは入っていなくて、全市的な被害がどれほどなのかもわからなかった。そんな状況だったので、「夜に予定していた友達の送別会の会場や送別会の後に友達と3人で泊ることにしていたホテルにキャンセルの連絡を入れられないけれど、キャンセル料取られたりしないだろうか?」なんて、のんきな心配をしていた(後日談として、予約していた会場は、その後、入っていたビルごと取り壊しになり、ホテルは、帰れなくなった友達がそのまま宿泊して無駄にはならなかった)。

自宅に戻ると、年老いた母と、近所に住んでいる甥っ子たちが興奮気味に地震発生時の様子を語りかけてきた。幸いなことに電灯が落下したとか、棚から物が落ちたとか、壁にひびが入ったとか、その程度の被害で済んだ。電気とガスは止まっていたが、水道はまだ出ていた。
我が家に家族が集まったので、母と自分、姉2人にそれぞれの旦那様、甥っ子が4人の計10人の大家族での生活が始まった。非常用に準備していた反射式ストーブで煮炊きし、停電のおかげで冷凍庫の食材を消費する必要があったため、その日の夕食はかなり豪勢だった。

携帯電話は、メールの受信はできたものの、通話とメール送信はできず。安否確認のメールがたくさん入っていたが返信できない。ウェブは閲覧できたため、mixiや他のSNSで無事であることと「community center ZEL(以下、ZEL)」をお休みにすることを発信。当時つきあっていた東京の彼氏には、携帯ゲームの通信機能で無事を伝えた。ゲーム嫌いの俺が、彼氏に無理やり始めさせられた携帯ゲームが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。

■3月12日

仕事帰りにZELの状況確認へ向かう。ZELが入っているビルへ向かうと、エレベーターが復旧しておらず止まっていた。9階まで歩いて上ったところで鍵を忘れたことに気付く。しかたなく、透明なガラス戸になっている隣室のパソコン教室の様子をのぞくと、床に散乱するパソコンが目に飛び込んできた。天地が逆さまになったようにすべてがひっくり返っていた。

■3月13日

ZELのスタッフ、ボランティアさんと一緒に、ZELの片付け。相変わらずエレベーターが復旧していなくて汗だくで9階に上がる。ドアを開けると、もう、本当にぐちゃぐちゃ。
机の脚が曲がり、パソコンもテレビも床に落下。ローチェストの中の物まで、誰かが引っかき出したかのように全部床へ。ポットや加湿器が倒れて床は水浸しだった。それでも、床に落ちたパソコンやテレビも破損には至らず。ポットも割れることなく、これだけぐちゃぐちゃなのに、壊れたものがほとんどなかったのが奇跡的だった。
3人で丸一日がかりで復旧。スタッフと話し合い、交通機関等もまだ乱れていることから14日(月)は開館せず、交通機関やエレベーターの復旧状況を見て、再開時期を検討することとした。

ZEL事務所
ZEL事務所
ZEL事務所

2011年3月13日午前 宮城県仙台市青葉区国分町3-3-5 「community center ZEL」

■3月16日

ZELを18日から再開することを決定。ホームページに「18日(金)より再開します。暖房は2基中1基壊れていますが、あたたかい飲み物を提供します。被災されたLGBTの皆さんはどうぞお集まりください」と告知を入れる。

■3月17日

ZELのホームページやmixiなどで「被災された方の中で抗HIV薬を処方されている方へ」という告知を開始。主治医や電話相談へ連絡し、薬が飲めなかった場合の対応方法を教えてもらうよう案内(抗HIV薬は通常、飲み忘れがあるとHIVが薬剤耐性を持ち抗HIV薬が効かなくなると説明されているため)。翌日には情報を更新し、医療機関が発表した対処方法へのリンクをはった。

■3月18日

予定通りZELを開館。まだ交通機関も完全には復旧していない中、8名が来館してくれた。おにぎりをたくさん握ってきてくれたり、家にあるお菓子をかき集めてきてくれたり、みんなの優しさがありがたかった。
自宅や実家が被災した人も、大切な友達とまだ連絡が取れない人も、みんなで顔を合わせて、ひとときの間、いろんな話をした。
俺自身、沿岸の町で働いていた友達と連絡がとれなかった。その友達の彼氏に連絡したところ「生きていることを信じている」と淡々と語っていた。

■3月19日

連絡が取れなかった友人たちから次々に連絡が入る。
沿岸の町で働いていた友達からは「被災したけどなんとか無事に生きています」とのメール。「生きていてくれてありがとう」と返信した。
関西出身の友達からは、「遅くなりました。無事ですよ。体調は大丈夫?」とのメールが入った。「地震の日からずっと元気に仕事してるよ!」と返信したら 「一緒だな。復旧に向けて命あるからには全力疾走するで~。頑張れるやろ!!」 という激励が返ってきた。阪神淡路大震災も経験した彼らしい力強い返信に、とても勇気づけられた。
そして、十年くらいぶりにメールをくれた友達もいた。いきなり「mixiで久々にあんたの写真見たけど、老けたわね」とのメッセージ。そういえば名取市在住だったことを思い出し、被災状況をきいたら「家が津波で流されて避難所生活。夜はすることがなくて暇だから、電話帳に登録されている人に片っ端からメールしてるの」とのこと。避難所生活でも、威勢のいいメールで笑わせてくれる友達の芯の強さに改めて感心させられた。

■3月21日

5月に予定していたゲイナイト(ゲイ男性オンリーのクラブイベント)を予定通り開催することをネット上で告知。中止も考えたが、「震災の後、こっちの人(ゲイの人)と誰にも会えなくて寂しかった」「こんな時だからこそみんなが集まれる機会が欲しい」という言葉をもらって開催を決意。東京や大阪、名古屋など、全国からゲストが駆けつけてくれることになった。

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その他にも、いろんなことがあった。
近所に住んでいた日本語ができない外国人ゲイの知り合いに「Are you OK?」とメールしてみたら、「I am OK but no water, no food.」と困り果てていた。日本語がほとんどできない彼には、何も情報が届いていなかったのだ。彼の家のすぐ隣の大学に給水車が来ているので、何かボトルを持って行くようにということと、営業しているスーパーの情報を片言の英語でとりあえず伝えて、あとは外国人向けの災害情報ダイヤルの電話番号を伝えた。

ネットのゲイ専用出会い系掲示板は、震災後、お互いの安否確認や励まし合いのメッセージ、ガソリンスタンドやスーパーの開店情報などで埋め尽くされ、掲示板の運営者が、安否確認掲示板や支援情報の交換掲示板を開設してくれた。出会い系掲示板が、まさかこんな形で活用されていたとは、被災地以外の人やノンケの人たちは知る由もないだろう。

ZELのスタッフは石巻出身だったため、親せきや近所の人など数多くの知り合いを震災で亡くしていた。新聞の「亡くなられた方々」の欄をチェックすることが日課になっていて「70人までは数えていたけれど、際限がないから数えるのをやめた」と言っていた。地元に一度帰ることを提案してみたが、新聞やテレビで映し出される故郷の変わり果てた姿に「何もなくなってしまった故郷は見たくない」と休むことなくZELを開館し続け、来館者に笑顔を振りまいてくれた。

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最初、「被災したLGBTの声を」との話をいただいたときには「特に書くことなんてないよなあ」と思ったのだけれど、書き始めたら、いろいろあったなあと思いだした。
振り返ってみると、被災して「LGBTだから困ったこと」は無かったけれど、「LGBTならではのつながりを感じたこと」はあったと思う。ZELには東京、沖縄、台湾のLGBTコミュニティから募金が届き、復興のためにと全国からたくさんの人たちが来てくれた。自分も、震災前より福島の友達に会いに行ったり、福島のゲイイベントに遊びに行ったりする機会が増えた。もしも自分がノンケだったら、交友関係はここまで全国や海外に広がっていなかったと思う。
ノンケでは感じられなかったであろう絆というのが、震災を通して最も感じたLGBTらしいことなのだと思う。


2014年11月寄稿


*1:「community center ZEL」
青葉区国分町にある、ゲイ・バイセクシュアル男性のためのHIV情報発信拠点。公益財団法人エイズ予防財団が運営(厚生労働省委託事業)。

*2:「やろっこ」
仙台を中心に東北のゲイ・コミュニティに対してHIV/AIDSの正確な情報を発信するボランティア・グループ。「community center ZEL」の運営協力や、HIV/AIDSのメッセージを届けるイベントの開催、情報資材の開発・配布などを行っている。


■用語について
レインボーアーカイブ東北の「手記」には、耳慣れないセクシュアリティに関する用語がたくさん出てきます。下記のページにて、それぞれのおおまかな意味合いを解説していますので、ご覧ください。

レインボーアーカイブ東北による用語解説

さらに詳しい情報については、「性と人権ネットワーク ESTO」ウェブサイトをはじめとするセクシュアリティ関連サイトや書籍などをご参照ください。

■レインボーアーカイブ東北について
レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなど、多様な性の当事者たちの生の声を集積・記録・発信する団体です。
可視化されていない地方の当事者の存在を広くアピールすることで、違いを認めあい尊重しあう、より生きやすい社会をめざします。
宮城県仙台市を拠点に活動している4団体「東北HIVコミュニケーションズ」「やろっこ」「Anego」「♀×♀お茶っこ飲み会・仙台」が中心となって2013年6月に設立されました。

連絡先:ochakkonomi@gmail.com (♀×♀お茶っこ飲み会・仙台)

※レインボー(虹)は多様な性のあり方の象徴として世界各地で用いられています。




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