ごうけいほうもんしゃすう

震災発生2日後の仙台新港付近

東京に出張していた父が24時間かけて車でようやく帰宅。震災発生から二日後、仙台新港にある父の会社の工場を確認しに二人で出発しました。停電からまだ復旧していなかったため津波に関する情報をほとんど持っておらず、実際に目の当たりにして非常に驚きました。

2011年3月13日 09時41分

2011年3月13日 09時41分

2011年3月13日 09時42分

2011年3月13日 09時42分
仙台新港にある石油コンビナートで火災が発生しているというニュースは耳にしていましたが、近づくにつれてもくもくと上がる煙が見えてきて、ようやく実感がわいて来ました。

2011年3月13日 09時43分
仙台新港のガソリンスタンドに自衛隊の皆さんが集合していました。今になって思えばこの時には既に大きな仕事をされた後だったのですね。本当に感謝の言葉しかでません。

2011年3月13日 09時44分
震災から二日後。 津波の水は引いたけどまだドロドロです。 そこらじゅうから潮の臭いがしました。

2011年3月13日 09時44分
隣のレーンの車列はすべて止まっている車です。

2011年3月13日 09時45分
天を貫くように乗り上げたトラック。 TV局のクルーが横で取材をしていました。

2011年3月13日 09時45分
巨大な煙を上げている仙台新港の石油コンビナート。 目の前の光景がまるで映画のシーンのようで現実とは思えず愕然としました。

2011年3月13日 09時47分 仙台市宮城野区港3丁目
あらゆるところが瓦礫の山。


2011年3月13日 09時47分


2011年3月13日 09時48分 仙台市宮城野区港3丁目
燃える仙台新港の石油コンビナート。 あの近くに父の会社の工場がありますがとても行けるような状態ではないのが一目でわかりました。

2011年3月13日 09時48分
写真では見えませんがトラックの後ろに自衛隊の方々がたくさんいらっしゃいました。 この先まで行けるかどうか尋ねたところ「自己責任で行けるなら行ってかまいません」との返答が。道が瓦礫で完全に塞がれていてもうこれ以上進むのは断念しました。

2011年3月13日 09時48分

2011年3月13日 09時48分

2011年3月13日 09時48分

2011年3月13日 09時49分 仙台市宮城野区港3丁目

2011年3月13日 09時50分 仙台市宮城野区港3丁目

  
街灯が津波で折れ曲がって倒れていました。


2011年3月13日 09時56分

 

2011年3月13日 09時56分 
津波で押し流されたトラックを前に取材中のTVクルー

2011年3月13日 09時56分

2011年3月13日 09時57分 仙台産業道路  
仙台産業道路は片側3車線のうち1つ分しか動けない状態に。

2011年3月13日 09時58分 
かなりの台数のバスやトラックが路肩に。撤去しないと道路も通れない状態なので急ピッチで移動作業をされていました。

2011年3月13日 09時58分


2011年3月13日 10時00分


2011年3月13日 10時00分 仙台市宮城野区中野出花1丁目
三井アウトレットパーク仙台港付近は見る影もなく無残な瓦礫の山。

2011年3月13日 10時00分 仙台産業道路  
仙台産業道路は全てドロで埋まっていました。

2011年3月13日 10時00分 仙台産業道路
タンクローリーが多く止まっていました。石油コンビナートから出てきた車かもしれません。

2011年3月13日 10時00分 仙台市宮城野区中野出花1丁目
三井アウトレットパーク仙台港の入口。無残な姿になっており数日前まで営業していたという面影は全くありませんでした。

2011年3月13日 10時01分 仙台市宮城野区中野出花1丁目
ニトリ仙台港店前。こちらもあたり一面泥だらけに。

2011年3月13日 10時01分 産業道路
仙台東部道路の高架下の産業道路。

2011年3月13日 10時03分 産業道路
産業道路沿いのコンビニには食料を求めて行列が。

月別アーカイブ

センターについて

せんだいメディアテークでは、市民、専門家、スタッフが協働し、東日本大震災とその復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していくプラットフォームとして「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(わすれン!)を開設しました。

詳しくはこちら
Copyright © 2017 sendai mediatheque. All rights reserved.