●井戸
《角井筒》
井戸:人造石研ぎ出し仕上げ
赤いベンガラの粉末と寒水石をセメントに混ぜ、硬化してから研ぎ出した人造石研ぎ出し。
外側は方形の隅の切り落とし。井戸は住人にとってきれいな生活水を給わる神宿る大切な場所。
左わきの塩ビパイプがあるので震災前までポンプによる汲み上げがあったのかもしれない。
《角井筒》
井戸:灰墨モルタル金鏝押え
《角井筒》
井戸:モルタル金鏝押え
《角井筒》
井戸:灰墨(松煙墨)モルタル金鏝押え
堂々とした黒い井筒。どれほどの長い歳月、この家の暮らしを支えてきたのだろうか。
冷蔵庫が普及しない時代に、夏はスイカやトマトを冷やして食べたのだろうか。
住宅の基礎が解体されても、神宿る井戸は最後まで屋敷の中に残り、生活の証しとしての役割を果たしていた。
《角井筒》
井戸:モルタル金鏝押え
《角井筒》
井戸:灰墨モルタル金鏝押え
表面のモルタルが剥離し、無数の亀裂が走り、かなり風化が進んでいる。
それはこの井戸の経てきた歳月を物語っている。
風化して尚ここに残されていたのは、この井戸に対するこの家の人たちの感謝と愛着からか。
《方形井筒》
井戸:人造石研ぎ出し仕上げ
《多角形井筒》
井戸:コンクリート打ち放し仕上げ
■詳細解説「私と荒浜・藤塚地区とのかかわり」髙橋親夫
私は震災後まもなく若林区荒浜・藤塚地区に入りました。その後、数ヶ月にわたって何度かこの地を訪れ、行くたびに茫然とその光景を眺めていましたが、やがて破壊された家財や建物が取り除かれてゆき、その下から荒浜や藤塚地区のそれまでのたくさんの住居跡が現れました。この地域に地層のように残されていた生活時間や文化の重なりは、佇んでいた私にたくさんのことを語りかけてきました。私は自分の生い立ちと重ねながら、残された「家」の声を聞き取ることに夢中になっていきました。
それぞれの住宅を訪問するたびに、居住していた方の、家を建てた時の喜びを思いました。残された住居跡に長年の夢や希望やアイディアが詰まっていることに気づき、当時の人たちに思いを馳せたのです。残されていたものから、施主の期待に応えようとした、職人たちの心意気を感じ取ることができました。それぞれに個性があり、二つとして同じ家はありませんでした。そして、その後そこで暮していた家族の生活の時間を思いました。
残されていた住居跡には、もう生産されていない材料や今は行われていない職人技が見られました。特に目を引いたのは、かつて盛んに行われていた左官技術の数々です。工場生産品に取って代わられた現代の住宅建築では行われていないものばかりで、できる職人もほとんどいなくなってしまった手仕事の良さが見て取れました。この地域には他のどの地域よりもそれが残されていました。
住居跡からは、残されていたものが限られていたにもかかわらず、海側にはこの地が豊かで農業と漁業の兼業生活の長い歴史があったことや、それに続く西側には新しい住宅地が広がり、自然豊かなこの地域に発展の息吹があったことを知りました。
私はこれらの生活跡がやがて復興工事と共に消滅してしまうことを思い、荒浜や藤塚地域の方々のくらしの証としての調査と、記録を始めたのです。