語り手:加藤尚美さん/進行・聞き手:佐藤正実さん(NPO法人20世紀アーカイブ仙台)
■早朝太陽が昇る
[加藤さん(以下、加)]震災のあった日、私は家におりまして、主人も帰って来られず、自宅の中がすごい状態になっていました。うちはマンションだったので、駐車場がたまたま平置きだったということもあり、マンションの住民たちはみなさん車で一晩夜を過ごしました。
エレベーターも動いてなかったので、一度自分の部屋に行くのに階段を上がったときに見えた太陽っていうのがすごく印象的だったものですから、つい写真をとりました。やっぱり朝は来るんだなぁ、みたいな。どんな時でも来るんだなぁ、と思いながら一人噛みしめていた感じです。
[佐藤さん(以下、佐)]うれしかった太陽ですね。
[加]そうですね。暗くて余震が続く夜から、明るい日差しが出てきたっていうのがすごい嬉しかったというのを覚えてます。
■粉々に砕けたバス停のガラス
[加]そのあと眠れなかったので、普段から写真を撮って歩くことが好きだったものですから、まず歩いてみることにしました。私が住んでいるのが長町なので、長町駅方面からずっと歩き始めまして、これがまず「たいはっくる(註)」の前のバス停です。
今、仙台市のバス停はガラス張りになっていて広告が貼ってある状態なんですけども、それが全部粉々に砕けていました。強化ガラスだったので細かく砕けてるという状態です。今はもうすっかり直って綺麗になっておりまして、その写真も家にはあります。
(註:長町駅に直結したビル。公共施設、住宅施設、商業施設からなる複合施設)
■四郎丸から名取方面を望む
[加]この写真は日付が変わりますが、実家が四郎丸だったものですから、閖上が近いんですね。もうどこを通ったのかも本当に夢中でよく覚えてないのですが、父親の自転車とデジカメを借りて行けるところまで行ってみようかと思って走りました。
まだこれだけ水が引かないでいるのを見て、ちょっとショックを受けて、もうこれ以上進めないなと感じて戻ってきました。やっぱり、それ以来、海が怖いな、というか。とても静かな凪の状態でも海に近寄れないというような状況がいまだに続いています。
四郎丸辺りは仙台東部道路がちょうど土手になってくれて、名取川、名取方面、閖上の方たちと逆の状態でした。仙台東部道路を挟んで助かったという地域なんです。
[佐]無我夢中で自転車で走ってたっていうことは、どこの場所で撮った写真だというのは分からないですか?
[加]そうですね。行けるところを色々走っていたので、正確な場所を聞かれるとちょっと、半端ですね。残っている建物で確認できるかどうかという感じですね。
■太白図書館が臨時窓口で再開
[加]太白図書館が、臨時窓口で再開していました。全部の本は出していませんでしたが、子供向けの本や、あともう既に原発とか体の健康に関する事とか、震災関係とか、そういったものも含めて、小さいんですけども窓口を再開してくださっていました。
外に出られなかった子供たちに対して色々な本を貸し出してくださっていました。
図書館の中も窓から覗くと、ガラスが割れていて本当にすごい状態だったのですが、その中でこうやって開いてくださった図書館の職員の皆さまにはすごく感謝しています。
*この記事は、2012年6月16日にせんだいメディアテークの考えるテーブルで行われた『3.11定点観測写真アーカイブ・プロジェクト公開サロン「みつづける、あの日からの風景」』で、加藤尚美さんがお話された内容を元に作成しています。
当日の様子はこちらからご覧いただけます。
《考えるテーブル レポート》→http://www.smt.jp/thinkingtable2012/?p=371
【3.11定点観測写真アーカイブ・プロジェクトとは】
このアーカイブ・プロジェクトは、東日本大震災で被災した宮城県内各市町の震災直後の様子、および震災から定期的に定点観測し復旧・復興の様子を後世に残し伝えるために、市民の手で記録していくものです。これから市民のみなさまから記録者を募っていくとともに、その情報交換・活動の場を公開サロンとして定期的に行っていきます。これらの定点観測写真は、NPO法人20世紀アーカイブ仙台とせんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」で記録・公開し、市民参加で震災を語り継ぐ記録としていきます。
NPO法人20世紀アーカイブ仙台
公式Web:http://www.20thcas.or.jp/
【考えるテーブルとは】
人が集い語り合いながら震災復興や地域社会、表現活動について考えていく場を「考えるテーブル」と題して、せんだいメディアテーク、7階スタジオに開きます。トークイベントや公開会議、市民団体の活動報告会など多様な催しを行っていきます。