ごうけいほうもんしゃすう

つれチャンゆれゆれ311 第1回まとめ(イラスト+テキスト版)(1)

3月11日当日のこと



出演者

この記事は、2011年7月13日に配信されたUstream番組で、東日本大震災での震災体験や当時の暮らしの様子などについて出演者たちが語った内容を、イラストとテキストによって再構成したものです。



【出演者】
ユトリコ(ゆとりこ、イラスト中央):青葉区立町で「雑貨・手紙用品店 yutorico.」を開いている。(2014年4月閉店)
関本欣哉(せきもときんや、イラスト右):青葉区大手町で「ギャラリーターンアラウンド(略称:タナラン)」と「カフェハングアラウンド」を開いている。

【司会】
桃生和成(ものうかずしげ、イラスト左):「遊び」で東北の日常生活をおもしろくしている「つれづれ団」の団長。
わすれン!:3がつ11にちをわすれないためにセンターのスタッフ

【イラスト】
佐藤ジュンコ(さとうじゅんこ):書店員(当時)、イラストレーター

○つれチャンゆれゆれ311とは?
つれづれ団員が雑談しながら震災体験を語ります。震災にまつわるエトセトラを、佐藤ジュンコの脱力オフビート系のイラストで聞き描きします。

※本文中の[映像:○分ごろ]は、ユーストリームの冒頭からの経過時間を表しています。

■関本さんの311

[映像:冒頭から]
関本さんの311体験

【関本さん(以下、関)】打ち合わせが終わり、ギャラリーに戻る途中に立ち寄ったブックオフで地震にあいました。店も7階ですごい揺れるし、本を見る前に本棚から全ての本が落ちちゃった。あたりには煙が立ちこめていたし、窓も少なく薄暗いお店の中では泣いている人もいました。

【わすれン!スタッフ】え、その泣いている子を抱きしめてあげなかったんですか?

【関】もう自分だけが精一杯で、俺が抱きしめられたいみたいな。逆に(笑)。一人で居たから、それをうちのスタッフに言うと、「さぼっている」って怒られるから、お店に戻っても「どこに居たの?」って聞かれても言えなかった。言いたいんだけど言えないジレンマ。

【桃生さん(以下、桃)】それ未だに言ってないんですか?

【関】友達にはもう言ったけど。

【桃】ブックオフで打ち合わせしてるってことにすれば良かったんですよね。

【関】それいいですね。全国的な仕事をしてる感じで。店内は停電になったけど、ブックオフの店員さんの誘導で非常階段から下りました。バイクで来ていたので、バイクでお店に戻りました。その時、ギャラリーで展示されていた作品の中に、大きな壷が3つぐらいあってそれが心配で。道も段差が有ったり信号が止まってて怖かったですが、ひたすらバイクで戻りました。

【桃】壷は大丈夫でしたか?

【関】壷は大丈夫でした。スタッフがたまたま近くに居て、あと展示の人も呼んで壷を押さえてくれて作品は1個も壊れず。さすがギャラリー、もう作品守るために頑張ったみたいな。

【桃】美談ですね。

【関】美談ですね。自分はギャラリーに居なかったけど。

■ユトリコさんの311

ユトリコさんの311体験

【ユトリコさん(以下、ユ)】携帯の、緊急地震速報の音が鳴って。その音にびっくりしているうちに、大きな地震がきました。まずおさえたのが、その日に買ったチューリップの花瓶で。すぐに、これじゃない!と、商品の器などの割れ物をおさえました。しばらくして窓の外を見たら、お向かいの会計事務所の方が外に避難していて。あ、これは建物の外に出るような揺れなんだ、と思いました。外に出たらお隣の侘び助(居酒屋)さんや、紫山(古道具屋)さんはもう外に出ていて凄い揺れだったね、なんて話をしたりしました。

※この部分は映像が記録されていなかったため、テキストとイラストのみでの紹介となります。

■ユトリコさんの311の夜

[映像:18分ごろ]
ユトリコさんの自転車で自宅に戻る

【ユ】17時くらいに店を出て、南仙台の自宅まで店の自転車で帰りました。日が暮れる前に家に着いたかな。


ユトリコさん使い方の分からないランタン

【ユ】あかりは懐中電灯を寄せ集めて使ってました。父が用意したランタンがいっぱいあったんですけど、誰も使い方が分からなくて(笑)。父親が、震災と関係ないときに、無駄に部屋の中で火をつけてたりしてたのに(笑)。

【関】一酸化炭素中毒とか。

【ユ】いざという時に誰も使えなくてまいりました。

【桃】でも、備えはあったんですね。やっぱり。

【ユ】備えはあったけど、憂いはありました(笑)でも、今も使い方は聞いてないです。


■関本さんの311の夜

[映像:12分ごろ]
関本さんの311の夜

【関】ギャラリーに友達が集まって、一緒に過ごしました。5、6人が集まって夕飯を作って食べました。みんな動揺はしていたけれど、iPhoneの人が多くてワンセグ(テレビ)が見れないから情報が入らなかった。津波が来たかもって話は聞いたけれど、映像見てないし、実際にどれくらいの津波か分かってなかった。初日は、地震来て停電して大変だねという雰囲気でした。

【桃】情報としては、ラジオはありました?

【関】ラジオは聞いていたけれど、ラジオでは津波をイメージできなかった。
夜もみんな帰らずに、布団や寝袋を各自持ってきて泊まっていきました。そこから1週間、一緒に泊まりました。水道は止まらず、電気は次の日の夕方に復旧しました。ガスはだめだったけど、水道と電気があれば生活にはそんなに困らなかった。それぞれの家から食材を持ち寄って、石油ストーブでカレーを作って食べました。でも、カレーは2日目からかな。初日は何を食べたんだろう?


この記事は、下記リンクのユーストリーム番組をテキスト化し
番組の本番中に描かれたイラストと共に再構成したものです。






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せんだいメディアテークでは、市民、専門家、スタッフが協働し、東日本大震災とその復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していくプラットフォームとして「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(わすれン!)を開設しました。

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