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仙台市立七郷小学校 定点観測写真

1873年創立の仙台市立七郷小学校は、2011年3月11日の発災時に(七郷地区は震度7)およそ2500人が集まる大きな避難場所となりました。学区内の一部の地域は津波による甚大な被害を受け、一時的に避難所とされた体育館も使用ができなくなり、プレハブ校舎も全壊しました。

以下の写真は、七郷小学校が2011年3月11日に撮影したものを基に、その後の様子を校内の同地点で記録したものです。

 

■七郷小学校4階からみた荒浜方面(東方向)

2015年7月3日 七郷小学校 南校舎4階 6年2組 教室バルコニー

 

■荒浜方面を望む


(上)2011年3月11日16時20分/(下)2015年7月3日
七郷小学校 南校舎4階 6年4組 教室バルコニー

写真上:2011年3月11日
七郷小学校から東南東方向を望む。海側の門が解錠され、一次避難先だった校庭に近隣の施設や住民の車が次々と入ってきていた。

写真下:2015年7月3日
震災後、この七郷地区には、2015年12月に開業する仙台市地下鉄東西線の荒井駅が建設され、周囲に住宅やマンションなどの建物も増えてきている。2011年の写真には無い、中央に見える2つの背の高い建物は、荒井東復興公営住宅の第1期と第2期建設分。その右方向のやや平らな白い建物は、新たに建設された特別養護老人ホームやケアハウスなどを含む福祉施設。さらにその右手に見えるアーチ状の屋根の建物は、避難所にもなった七郷中学校。なお、これらの建造物の向こうに見える、地平線のような樹々の部分は、盛り土構造によって津波の広がりを軽減させた仙台東部道路である。

 

■閖上方面を望む


(上)2011年3月11日16時20分/(下)2015年7月3日
七郷小学校 南校舎4階 6年2組 教室バルコニー

写真上:2011年3月11日
七郷小学校から南方向を望む。発災直後、遠く閖上の方ではいくつか煙が上がっていた。

写真下:2015年7月3日
かつては一面に水田風景が広がっていたこのエリアでは、仙台市の土地区画整理事業のひとつ荒井南土地区画整理事業(さきまち荒井南サスティーナタウン)が進行しており、一部、戸建住宅も完成している。写真の中央やや右寄りに見える白いアーチは、名取川に架かる仙台東部道路の新名取川橋。

記録:2011年3月11日 仙台市立七郷小学校撮影
   2015年7月3日  3がつ11にちをわすれないためにセンター撮影

協力:仙台市立七郷小学校

【関連映像】
【学校と震災】仙台市立七郷小学校(1)
【学校と震災】仙台市立七郷小学校(2)
【学校と震災】仙台市立七郷小学校(3)

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